日本国内における医療搬送および福祉搬送の需要は、超高齢社会の進展、医療機関の機能分化、地域包括ケアシステムの深化とともに、年々増加の一途をたどっている。救急医療体制の逼迫や在宅医療の拡大、入退院支援の高度化など、社会構造の変化が搬送ニーズを多様化させ、医療系・福祉系の搬送サービスは地域医療・地域福祉を支える不可欠な社会インフラとなりつつある。
しかしながら、この領域には、制度の全体像を体系的に整理し、法令・通知・通達を踏まえた運行体制を示す専門書・教本がほとんど存在しない。その結果、現場では各事業者が独自の判断に基づき運行を行っているのが実情であり、法令遵守・安全管理・医療連携の在り方について、統一的な基準や指針が求められてきた。
本書は、こうした現状を踏まえ、日本における民間救急制度の体系的理解と、実務運用の標準化を図るための教本的存在として編纂したものである。消防法、道路運送法、医療法、救急医療体制整備指針、厚生労働省通知、消防庁通達など、関連する制度を横断的に整理し、現場で求められる運行体制・安全管理・医療連携の実務を体系化した。
なお、本書において用いる民間救急という語は、平成元年に発出された消防救第116号通知に基づき、消防機関の認定を受けて運行する患者等搬送事業(認定事業)を指すものである。ただし、これはあくまでも便宜上の仮称であり、法令上の正式名称ではない点を理解いただきたい。
また、患者等搬送事業には大別して医療系(医療搬送サービス)と福祉系(福祉搬送)が混在している。本書では、制度的背景・運行目的・必要資機材・同乗者要件などの相違を明確にするため、両者を区別して記述している。医療系は医療機関との連携を前提とした医療管理下の搬送を、福祉系は日常生活支援としての移動支援を主たる目的とするものであり、その役割と責務は大きく異なる。
本書が、医療・福祉搬送に携わるすべての事業者、行政担当者、医療機関、教育機関にとって、制度理解と実務運用の基盤となる標準的テキストとして活用されることを願うものである。地域医療・地域福祉を支える搬送体制の質向上に寄与し、安全で倫理的な搬送サービスの確立に資することを目的として、本書を世に問う。


